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正式名称は States of Jersey。イギリス海峡に浮かぶチャネル諸島の一部。イギリスの南160km、フランス・ノルマンディー地方の西16kmに浮かぶ島。人口は約9万人。面積は116平方キロ。人口は約9万人ながら、イギリス王属領 (Crown Independencies) の小さな独立国です。国家元首はイギリス国王ですが、イギリスの国内法上は連合王国 (United Kingdom) には含まれていません。
 独自の憲法や法律、通貨 (Jersey Pound) を持つものの、外交及び国防に関しては、イギリス政府に委託しており、独立国としての地位は見えにくい形になっています。
 ジャージーの産業は、GDPの約60%が金融業によるもので、租税回避地として世界的に知られています。主要な農産物は、ジャージー牛の乳製品、馬鈴薯 (Jersey Royal Potato)。また、Jersey Pottery として知られる陶器も有名です。
 衣類のジャージは、ジャージー島で編まれたニットが語源になっており、アメリカのニュージャージーもこの島が由来です。
 ジャージー(Jersey) の語源は、ローマ皇帝であったシーザーがブリタニア(ブリテン島)に遠征した際、この島に自らの名であるジュリアス(Julius)と名付けたことが、ジャージー(Jersey)の語源となっています。 
   
ジャージーの紋章
 



ジャージーの国旗



 

ノルマンスタイルの農家、曲がりくねった小道、小さな草原、フランス語の地名。
数千年のジャージーの歴史は複雑です。
約8000年前、フランス、ノルマンディー地方から分かれ、島になったジャージー島ですが、6世紀頃、聖ヘリアーがキリスト教の布教をジャージーで行い、地図上にジャージーの地を示したのがジャージーの現存する歴史の始まりです。
9世紀には、ノルマン人や北方ヴァイキングの活動が活発で、ジャージーは略奪の地となっていましたが、フランスに定住したヴァイキングの首領ロロがフランス王からノルマンディー公爵に任命されるとともに、933年にはノルマンディー公国の領地に編入されました、1066年のノルマン・コンクエストにより、ノルマンディー公ウィリアムがイングランド王となったため、イングランド王の所領となり、1204年にイングランド王とノルマンディー公が分離した時もイングランド王の領地とされました。
1254年にはイングランド王室の個人領地となり、連合王国には所属しないまま、王の私領地として現存しています。
ジャージーは英国王室領となってからも、地理的状況から、英仏間の争いに翻弄されてきました。100年戦争やバラ戦争を通じ、何度も戦場となっており、現在でも、当時の城塞であるモント・オーガイ城やエリザベス城を始めとする史跡が多く存在しています。
このような歴史から、ジャージーでは英国王室領でありながら、フランス文化が混在する独特の文化が発展しています。



 

世界中のジャージー牛はジャージー島を起源にします。8000年前までジャージーはフランスと陸続きでしたが、ブルトン種とノルマン種の交雑に発したジャージー種は、その後品種改良と共に純粋に保たれ、現在のジャージー種となっています。
 近年では、1868年、王立農業園芸協会(RJA&HS)が「ジャージー牛群書」を編纂し、それ以来、ジャージーでは全ての牛群の血統が登録されることになりました。ジャージー牛の血統は1763年まで遡ることが出来、1786年にジャージー政府が外来動物に対する課税を行って以来、ほぼ完全に純血が保たれています。
 ジャージー島からの移民と共に、1700年代初期からジャージー牛の輸出が始まり、その愛くるしい容姿、温和な性格、強い体質、そして栄養に富んだ乳から、ジャージー牛は間もなく世界中に広まりました。
日本でもアメリカ、ニュージーランド、豪州等からジャージー種が輸入され、現在では約10,000頭のジャージー種が飼育されています。
 乳の生産量が多いホルスタインなどの牛に比べ、ジャージー種は体格が小さく乳量は少ないため、飼育頭数は少ないですが、その乳質は乳脂肪分及び無脂乳固形分が高く、カロチンが豊富に含まれているため黄色みがかっており、濃厚であるのが特徴です。
 ジャージーの酪農家は最高品質の牛乳を生産するため、長年、健康な乳牛の飼育を模索してきました。今ではジャージー種の名声と共に、栄養に富み、クリーミーな舌触りで黄色み掛かった乳として親しまれています。
 弊社がご提供するジャージー・バターは、純血を保たれたジャージー島のジャージー牛から生産された、ジャージー・ミルクを原料とする本物のジャージー・バターです。



 

ジャージーの産業は、GDPの約60%が金融業によるもので、租税回避地として世界的に知られています。主要な農産物は、ジャージー牛の乳製品、馬鈴薯 (Jersey Royal Potato)。また、Jersey Pottery として知られる陶器も有名です。
 この島は、今日では観光地、保養地ではありますが、この温暖な気候と気温を活かして昔からジャガイモ、トマト、ブロッコリー等の野菜、各種フルーツがエコロジカルに栽培されています。それに加えてなだらかな丘状の地形と豊富な牧草を利用して、これまたはるか昔から乳牛の飼育も盛んでした。文字通り「ジャージー種乳牛」が育てられ、種畜の輸出も大切な産業とされてきました。酪農と園芸が歴史的、伝統的産業であったのです。                               



 

ジャージー種の原産地であるジャージー島で製造された本物のジャージーバターです。約3000頭の完全に血統管理されたジャージー種からのみ搾乳された生乳から生産されており、カロチンが豊富に含まれ、黄色味が濃く、風味が強く、クリーミーなのが特徴です。
 商品構成は食塩無添加と加塩の2種類で、250g入りの家庭用バターと、食塩無添加には業務用として5kg流し込みもご用意しております。
 食塩無添加は、ジャージーバターの風味とコクが感じられるシンプルなパンやスコーン、焼き菓子の練り込みにお勧めです。また、クリーミーな性状から、バタークリームやレーズンバターにも最適です。
 加塩は、しっかりとした塩味とジャージーバターの風味がテーブルバターとしてパンの味を引き立てます。魚介類のソテーやじゃがバター等のお料理にもお勧めです。



 

16世紀後半からジャージー島ではリンゴ果樹園が激増しました。この時代、りんご酒に勝る飲み物はないと人々は考えていたようで、1830年代には年間約30万ガロンのりんご酒(Cider)がイギリス本国に輸出され、島の農地の2/3がりんご果樹園で覆われていました。
当時、りんご酒は賃金の一部として労働者に与えられるほど貴重な産品であったようです。
 一方、18世紀、りんご生産が最も盛んであったころ、ジャージーは造船とタラ漁の島でもありました。多くの島民は数ヶ月を農業に、残りの期間をタラ漁に従事していました。漁獲した魚は塩蔵にされ、南米のカトリック国へと運ばれました。そこで、彼らはエキゾチックな香辛料と出会い、荷物を香辛料と交換し、巨大な市場である英国に持ち込んだのです。
 これらの歴史が、ジャージーにおける、りんごと香辛料の出会いとなり、ブラック・バターがこの島の伝統品として誕生しました。
 当時から、ジャージーのりんごの収穫祭では、新鮮なりんごが数時間から2日間煮詰められ、その量が半分になると、りんご酒や砂糖、レモン、甘草やスパイスなどを加え、木のへらで繰り返し練り続けました。このブラック・バターの製造は、伝統的な歌や踊り、物語やお喋りと共に、明け方まで続く大衆的な地域の催事でした。
ブラック・バターは、古く伝統的なジャージー農家のご馳走なのです。
 尚、ジャージーでは、ペースト状の物を「バター」と呼ぶ習慣があり、ブラック・バターとは呼ばれていますが、乳製品は一切含まれておりません。